小6(文系単科)小3松江塾ママブロガーの蝸牛 教育の研究と実践〜成功と失敗を添えて〜

男児2名を賢く育てたい、やや教育ママのてんやわんやの奮闘記です。

人が生きる意味と子育てで大切にしてきたもの(私の場合)

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人が生きる意味って何だろうな、と思春期に考え始めた頃、通っていた塾の国語の先生が授業中の雑談で、ある答えをくれました。

 

「人は遊ぶために生きてんだぜ。」

 

生きる意味なんて人それぞれ違うだろうし、違って当たり前だし、人から教えてもらうものでもないと思う。

 

生涯かけても答えなんて見つからないってのもまた一つの答えかもしれない。

 

その国語の先生がいとも簡単に出した答えは最初は自分の身をただの「音」として通り過ぎるだけだった。

 

全くピンとはこなかったのだ。

(今になって思うが、当時は生き苦しくて、人生に遊びなんて全く感じていなかったから、先生の言っている意味がわからなさすぎたのかも)

 

でも、長年の月日が経つうちに、じわりじわりといつの間にか気付けば、自分の身に浸透していて、それ以上の答えに出会うこともなかったので、今では私もそれを答えとして採用している。

 

遊ぶために生きる。

 

そんな前提を踏まえて、私が子育てにおいて掲げた目標は、

 

「自分の人生を幸せだと思える子に育てること」

 

だ。

 

だから、私は子ども達の楽しさを大切にしてきた。

何かの経験や体験をした時、常に「楽しく感じたかどうか」を確認してきた。

 

(学校生活でも、「今日はどうだった?」と聞くと、子ども達はたいてい「楽しかった〜!」と答え、私は安心する。)

 

そして、あなた達の生まれてきたこの世界は楽しいことがたくさんだよ、と子ども達には思ってもらいたくて、世の中にはネガティブなニュースや恐ろしい事件などはあるけれど、幼児期(割と今も)は一切その目に触れぬようにシャットダウンしてきた。(でも、一方で自分の身を守るための必要な情報は伝えなければいけないですね)

 

それが良い方向に関係したかはわからないけれど、色々なことを積極的に楽しめる子には育っているような気はする。

 

そして、さらに楽しさを追求するとやっぱりどうしても教育が欠かせないという結論になり、現在にいたる。

 

極端に言ってしまえば、バカでも人生を楽しめるなら私は全然それでいいと思う。

でも、ある程度の頭が育たなければ、難しいことを理解出来なくて人に騙されたり、文字通り人にバカにされたり、楽しさとは真逆の方向になってしまいそうだということ。

 

知識や教養があってこそ、物事を余すところなく理解できて、人生がより楽しくなりそうだということ。(私は無教養な自分を恥じています。今日も職場で常識知らずで恥ずかしい思いをしました😞)

 

遊ぶために生きているのだけれど、遊んでばかりだと、結果的に遊べなくなってしまう。

 

アリとキリギリスの話みたいに。

 

だからボネ子先生が言ってたように、頑張れ!って応援📣する。

出来る限りの環境を整えて。

 

今日も明日もその先も。

楽しく、楽しくあるために。